先週の事件です。午後1時頃、鶴居村教育委員会タンチョウ自然専門員の方から「スラリーに転落したタンチョウがいると連絡があり、今釧路ですぐに現場に行けないので、保護できるか様子を見に行ってもらえないか」と電話がありました。スラリーとは、乳用牛が出す糞尿の混合物です。直径2〜30m、深さ3m程の円形状のタンクに溜めることが多く、発酵させて草地などに撒きます。スラリータンクは撹拌するため屋根がなく、たまった糞尿の表面は茶褐色で浮遊物が干からびていたりすると、ぬかるんだ地面のように見えます。そこへタンチョウが誤って着地し、「着水」となり、糞尿に汚れた翼では飛立つことができません。発見が遅れた場合は溺死してしまいます。
スラリー全景
現地に着くと、首から上だけが見えるタンチョウがいました。立ち泳ぎをしながら壁際近くにいて、スラリーも満杯に近かったため、人が壁沿いに隠れていて壁際に来たところを捕まえられそうだと判断しました。いったん戻り、雨具や肘までのゴム手袋、使用後に汚れたものを入れる大型ゴミ袋などを準備し再集合。捕獲用の大型の網と共に獣医師を含めた猛禽類医学研究所のスタッフ3人が合流し、総勢6人で臨みました。5人が間隔を置いて壁の外側に潜み、1人がタンチョウの動きを大声で伝えながら捕獲のチャンスを窺う作戦です。
スラリー内のタンチョウ
中央部や壁際を行ったり来たりするタンチョウが捕獲できそうな位置に来るのを待つこと約30分。スラリー保護初体験のレンジャーが潜む壁際に、やっと近づいてきました。「行け!」の合図とともに彼女が立ち上がると、驚いた「獲物」はのけぞり、一瞬逃げ遅れました。その隙にさっと網がかけられ、すくい上げられました。
捕獲の瞬間
その場ですぐに汚れを洗い流し始めましたが、なんと脚には「009」のリングが。サンクチュアリへ電話で照会すると、2005年に根室市の風蓮湖で標識されたメス、と判明しました。冬は鶴見台給餌場でよく観察されている個体です。ちなみに直近の記録は今年1月26日で、その後は確認されていなかったので、思わぬ形で生きていることが分かりました。
洗われる009
一通り汚れを落とした後は、まずタオルで水気をふき取り、コンセントのある場所へ移動しドライヤーで濡れた羽毛を乾かしました。この間ずっと「患者」は目隠しの袋を被せられ、嘴と両足はしっかり抑えられて身動きできません。その後獣医師による触診で、首筋に擦り傷と翼の一部に内出血が見られるものの、手当は不要と判断されました。009が壁に嘴や首を掛け、何とか体を持ち上げて這い上がろうとした際にできた傷のようです。この日は午後4時過ぎにいったん放鳥したものの、ふらついてろくに歩けない状況だったため再捕獲し、同研究所の施設で様子を見て、元気になった2日後に放鳥することができました。保護収容や放鳥に関わった皆さま、お疲れさまでした。
放鳥の様子(提供:環境省釧路自然環境事務所)
新人レンジャーは、6月に初参加したバンディング(標識装着)でも幼鳥1羽を自らの手で捕まえており、今回もマスクに緑褐色の飛沫を浴びながらの「奮闘」です。「幼鳥はおとなしかったけど、今回は威嚇されて怖かったです」と、良い経験になった様子。今後は同所での再発防止策が課題ですが、鶴見台で元気な009が観察できる日も楽しみです。(原田)